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P素材(そざい)とは、
もとになる材料。原料。→食材・繊維も参照。
芸術作品の物的材料。題材となる自然や人事。
伐採し、適当に切断しただけの木材。原木。
人材などが持つ素質。素養。可能性。
材料 *そさい
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素材 | 吉本印天然素材
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ダウンタウンが東京進出した後、何をやっても客が笑わない心斎橋筋2丁目劇場にてぜんじろうが「こんなにおもろいのに笑わない、客は死ね!」と楽屋で毒づく芸人ユニットとして、「しねしね団」を結成。だが、ひたすらおもしろい事を追求したいメンバーと、アイドル芸人として売り出したい吉本興業との間に軋轢もあり、ぜんじろうは脱退させられ、ダンスもできるアイドル芸人ユニット吉本印天然素材として売りだされます。 大阪芸人でありながら主に東京で活躍し、関東ローカルのレギュラー番組も持っていました。日本テレビで火曜日の深夜に同名の冠番組「吉本印天然素材」が放送されていました。これは後に日曜日の夕方で復活し、「ぐるぐるナインティナイン」の前身番組となります。イベントで後楽園ホールを満員にするなど若い女性を中心にアイドル的人気がありました。当時世界的にヒットしたテクノユニット2 アンリミテッドの曲、『No Limit』がテーマ曲のように使われていました。主に振り付けを担当していたのは後にモーニング娘。他ハロープロジェクトの楽曲の振り付けを担当し有名となった夏まゆみ。ダンスではブレイクダンス経験のある岡村隆史の実力が突出していました。岡村に次いでダンスの上手かった竹若元博、宮川大輔、宮迫博之の3人が岡村と共にセンターメンバーを務め、他のメンバーはバックダンサー扱いでした。ダンスが苦手だった矢部浩之、蛍原徹らは、やる気が起きず練習中に夏に怒られることもしばしばあった。特に蛍原は一度も振りを間違えずに踊ったことが無いといいます。 当時は雨上がり決死隊やFUJIWARAの人気が高かったです。しかしナインティナインに単独の仕事が増えるにつれて活動は縮小。残りのメンバーは大阪に帰ったものの、大阪に活動の基盤を持っていなかったため、再び売れるまでに長い時間を要しました。 雨上がり決死隊の脱退後、ユニット名を「天然劇場」に改名。その後1999年解散。なお、過去の活動や解散などについて紹介されるときは、「天然劇場」の名前は出ず、「天然素材」。 その後、吉本興業は『フルーツ大統領』『news』『WEST SIDE』といった複数の若手芸人によるアイドル的ユニットを送り出しました。これには天然素材の成功が少なからず影響を与えています。 過去の吉本興業における芸人ユニットには、毎日放送「ヤングおー!おー!」の中で結成された『ザ・パンダ』(桂文珍、月亭八方、桂きん枝、4代目林家小染(故人)。)や『ビールス7』(明石家さんま、ザ・ぼんち、西川のりお・上方よしお、B&B。後にB&Bが脱退し島田紳助・松本竜介)などがあります。 また、天然素材の人気に便乗しようとした松竹芸能がよゐこ、ますだおかだ、TKOらに『松竹印人工素材』というユニットを結成させたが、ほとんど知られることないまま消滅しました。 1999年のユニット解散から年月を経ているが、コンビ解散はあるものの引退したメンバーは1人のみという珍しいケースです。